日本におけるノーマライゼーション・企業ができること
更新日:2023年08月08日
ノーマライゼーションという言葉は、1950年代にバンク・ミケルセンが提唱した「障害者が他者と同じように地域社会で生活することが普通の社会を実現すること」を目的とした理念です。数々の戦乱が生じた欧米では、その度に民主主義社会における人権が侵害されていることを反省し、社会的弱者と呼ばれる人たちの人権保障のための動きがありました。ノーマライゼーションとはそのような動きの中の一つと言えるでしょう。本記事では、ノーマライゼーションという理念について理解し、現在の日本ではどのように認識され、どのような対応をしているのかをご紹介し、そのゴールであるすべての人が共に豊かに生活できる社会の実現にどう貢献できるのかについて考えていきたいと思います。
目次
ノーマライゼーションとは
ノーマライゼーションもしくノーマリゼーションと日本語(カタカナ)で標記されるこの言葉は、北欧でバング・ミケルセンによって提唱され、戦後70年以上、国際社会で障害者福祉のキーワードとして使われてきました。
現在では、この言葉は障害者のみならず、老若男女問わず、差別や社会的排除のない共生社会を目指すためのキーワードとなっています。
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ノーマライゼーションの意味や考え方
「標準化」「正常化」という意味
ノーマライゼーションという言葉は、英語では “normalization”と書きます。
「ノーマル(normal)」という言葉は日本でもよく使われるとおり、普通、標準などを意味し、それを動詞化して”normalize”とし、さらにそれを名詞化したもので、普遍化、標準化という意味を持っています。
障害者や高齢者といった社会的な弱者に対して特別視せずに、誰もが社会の一員であるといった考え方
デンマーク人であるバンク・ミケルセンは第2次世界大戦中、ナチスドイツに対するレジスタンス活動を理由に、終戦まで収容所に投獄されていた経歴を持ちます。
戦後、公務員として知的障害者と関わることになったミケルセンは、かれらの施設での生活の実情を知り、かつて自分自身がナチスドイツにより強制収容されていた時のことを思いだし、同じ人権を持つ人間である彼らの生活が障害を持たない人の生活とは大きく違うことに疑問を持つようになります。
ミケルセンは、1950年代に障害者が施設ではなく地域社会で障害のない人と同じように暮らせる脱施設化ことが”ノーマル”な社会であるとして、ノーマライゼーション(北欧ではノーマリゼーション)の理念を提唱しました。
その理念は多くの人の賛同を受け、同じ北欧のスウェーデン人であるベンクト・ニーリエとカール・グリューネヴァルトなどの協力を得て広く国際社会に浸透していきました。
ノーマライゼーションの8つの原理について
①一日のノーマルなリズム
朝起きて、ベッドから出て、顔を洗い、歯を磨き、食卓で食事し、可能な限り、学校や仕事に行き、家に帰り、食事をし、お風呂(シャワー)に入り、またベッドで寝るといった障害を持たない人と同じ日課を過ごすこと
②一週間のノーマルなリズム
週5日は学校や職場に行き、週末の土日は家族や仲間と楽しく過ごすこと
③一年間のノーマルなリズム
1年の中で夏や冬などの長期休暇があることで季節のイベントや旅行、食事などの変化があり楽しみが増える
④ライフサイクルにおけるノーマルな発達経験
子どものころには家族とキャンプをしたり、青年期になったら、流行りのファッションや髪型にも興味を持ち、好きな音楽を聴いたり、好きな異性との交流も経験する。成人したら仕事をし、高齢になったら経験からくる知恵を持ち、多くの思い出も持つ
⑤ノーマルな個人の尊厳と自己決定権
自分のことは自分で決める権利がある。住みたいところに住み、やりたい仕事をする。周囲の人はその権利を認める
⑥ノーマルな性的関係
幼少期から他人と適切なかかわりを持ち、適齢期になれば、恋をし、愛すること、愛されることの大切さを知り、結婚もする
⑦ノーマルな経済水準とそれを得る権利
働ける場合は働き対価を得る。制限がある場合、社会保障などによりそれが補われ、自分の好きなことにお金を使うことができる
⑧ノーマルな環境形態と水準
障害がない人と同じように地域社会に住み、地域社会に参加する
ノーマライゼーションの具体例
障害者雇用促進法
戦後、日本が民主主義化すると同時に社会福祉法制度が整備され、身体障害者、精神障害者、知的障害者を対象とした福祉法も順次制定されていきました。
1960年に成立したのが身体障害者の雇用の促進等に関する法律(身体障害者雇用促進法)でした。1976年には現在も継続されている雇用の義務化が開始され、1987年には名称が障害者雇用促進法となり、2018年までに知的障害者や精神障害者も雇用義務の対象となりました。
社会参画には様々な側面があり、とりわけ働くことは経済的社会参画のためには大事です。日本でも憲法により労働権が保障されていますが、障害者の雇用については永らく身体障害者のみが対象という偏りで、1980年代の「国連・障害者の十年」や2014年の障害者の権利条約の批准により、日本国内でも見直しが図られることになりました。
バリアフリー
バリアフリーとは、1970年代に使われ始めた建築用語で、障害がある、高齢であることなどで移動に制限がある人が建物内で移動しやすいための工夫のことをいいます。
80年代には国際的な障害者の人権の擁護の動きと連動し、広く認識されるようになりました。
日本では、1996年の「障害者プラン~ノーマライゼーション7か年戦略~」において、大々的にノーマライゼーションの推進に重要な施策として取り上げられました。
以降、公共の建物や交通機関などでの物理的バリアフリーは進んでおり、2007年にはバリアフリー法が施行され、公共施設やホテル・旅館、公園など多くの施設や建物にバリアフリー化が求められるようになりました。
今やバリアフリーは物理的障壁だけでなく、社会的、制度的、心理的に社会的弱者の社会参画を阻害するものを除去する高次元の段階に進んでいます。
バリアフリーの具体例
・道路から一段高い場所にある店舗等への車いすやベビーカー用のスロープ
・階段や風呂場、便器の手すり
・バスや電車の低床化
・点字ブロックや点字付き案内板
・交差点や公共施設などでの音声案内
・オストメイト対応トイレ
・ピクトグラムによる視覚的情報提供
ユニバーサルデザイン
バリアフリーよりもう一歩踏み込んだユニバーサルデザインという、最初から多種多様な人が使いやすいように設計されたデザインが建築や機器に施されるようになってきています。
ユニバーサルデザインはバリアフリーよりも後発ではありますが、すでにある障壁を除去するのではなく、デザインの段階で誰もが使えるようにできるため、昨今はユニバーサルデザインの建物や機器が増えています。
ユニバーサルデザインの7原則
- 公平に利用できること
- 使い方に柔軟性があること
- 簡単で直感的に使えること
- 情報がわかりやすいこと
- 多少の間違った使い方を容認できること
- 身体への負担が少ないこと
- 接近と利用に十分な広さと空間があること
企業で取り組めるノーマライゼーション
オフィスのバリアフリー化
・設計段階であれば、段差を減らしスロープを設ける
バリアフリー化は当然ながら、既存の建物にもできることは多いのですが、事業所の建物を新築するのであれば、最初からバリアフリーもしくはユニバーサルデザインでの設計も考えられます。
特例子会社であれば、なおさら快適な職場を提供するための配慮は必要です。スロープや手すりはバリアフリーには必須ですが、車いすへの対応だけがバリアフリーではないことに注意する必要があります。
・社内レイアウトを変えるだけでもバリアフリーができる
予算上の都合や建物の構造上、バリアフリー化が難しいこともあるかもしれません。
そのような場合には、ちょっとした工夫で快適な移動が可能となります。
・デスク間の幅を広げ通路を大きく取る
・廊下や階段にゴミ箱、傘立て、その他、邪魔になりそうなものを置かない
・引き出しの高さを車椅子の人の高さに合わせる
・パソコンやその他のオフィス機器の配線を通路に出さない
・すべての人が使いやすいオフィスを目指す
そもそもオフィスというのは様々な人が利用し、場合によってはお客様が入ってくるスペースでもありますので、普段からすべての人が使いやすい空間を心掛ければ、簡易的なバリアフリーやユニバーサルデザインも可能です。
例えば、常に自分のデスク周辺は整理整頓を心掛けることです。ペーパーレス化することで、自然と整理整頓が進み、本棚なども必要なくなるケースもあります。できる限り、不要な家具や使わない機器は片づけるなど、広く空間をとれば自然とバリアフリーに近い状態となります。
業務の可視化、ルールの整備
仕事だけではありませんが、何でもやっている側は慣れてしまって不自由を感じなくなっていても、障害者や新しく採用された人にはきちんと説明が必要です。
ついつい、当たり前だと思って、もしくは忙しくて説明を省くことや、障害特性によっては言葉だけではわかりにくいこともあります。口頭でなんとなく伝えられてきたことなども、明文化してわかりやすいマニュアルにする、文章ではわかりにくい人のためにピクトグラム、画像、絵などを多用する、効率をよくするツールなどについて考え、導入してはいかがでしょうか。
ノーマライゼーションや障害者についての社内理解を深める
ノーマライゼーションというのは、物理的なバリアフリーやユニバーサルデザインをやれば解決するわけではありません。
まずは、従業員のノーマライゼーションや障害者に対する正しい理解を深め、それらの知識や関わり方を土台としてこそ、バリアフリーやユニバーサルデザインの設備や機器が最大限に活かされると考える必要があります。
そのような研修はハローワークやその他の関連機関に相談するとよいでしょう。
すべての人が働きやすい制度作りを意識する
障害があってもなくても、これからの時代は働く人の人権や個別性を大切に、一人一人に合った指導法や仕事のやり方を模索して、働きやすい環境や制度を創っていく必要があります。従業員の個性やニーズに柔軟に対応していける、管理者側の意識の改革も必要となってきます。
各種助成金の活用も検討する
障害者を雇用したり、雇用する際におこなう設備投資等は条件が合えば助成金の対象となることがあります。多様な助成金がありますので、しっかりと理解し、該当するものに関しては漏れのないように申請しましょう。
ノーマライゼーションの課題感
ノーマライゼーションの理念は浸透したか
現在、日本でノーマライゼーションの理念はどれだけ浸透し、実際どの程度ノーマライズされたのでしょうか。その度合いを測る具体的な指標のようなものはありません。
しかし、ノーマライゼーションという言葉自体の認知度は残念ながら低いと考えられます。当事者やその家族、福祉関係者などごく一部の人間しか知らないのは、ノーマライゼーションの実践も進んでいない状況があるのかもしれません。
ノーマライゼーションは当初、脱施設化とも言われていました。日本ではその障害者の脱施設化でさえ、欧米に比べればだいぶ遅れています。
ノーマライゼーションの土台が整っていない
現状、ノーマライゼーションは日本では浸透していないと言えますが、その原因にはそもそも、日本では人権教育が欧米ほど進んでいないことが考えられます。
実際に侵略を受けたり、異文化民族が多く流入してくることがないような地理も手伝って、体験的に人権侵害を理解する人が少なく、学校の部活での体罰や職場でのハラスメントもいまだ散見されます。
みんなが公平平等であること、相手の人権を尊重しなければならないという気持ちが国民の大半に根付かないと、ノーマライゼーションが広がることに時間がかかるでしょう。
障害者の方を雇用する受け入れ体制が整っていない
実際に事業所で障害者を雇用し、ノーマライゼーションの実践をしようと思っても、日本社会では普段の生活をする中で頻繁に障害者に接する機会を持つ人は少なく、多くの事業所では受け入れのノウハウがありません。
障害者を雇用する必要が出来てきてから初めてそれに対する知識を得て体制を整えていくことになることが多く、障害者自体の理解から始めなければならないため、非常に手間がかかるのです。
障害者を雇用したのにミスマッチや離職が多いことも大きな課題と言えます。
障害者雇用を促進するために
障害によって、それぞれ違う症状や必要な配慮を正しく理解する
人はそれぞれの生まれ育った環境や経験により個別性が芽生えます。また同じ経験をしたからと言って同じような反応や学びをするとも限りません。
それは障害も一緒で、一人一人の名前や性格が違うように、障害の症状や軽重も違います。その個別性を理解した上で一人一人に合った配慮をするのが当たり前だと考えなければなりません。
障害者の方が相談しやすい環境づくり
障害への配慮は個別性を重視する必要があります。
また障害や、障害者の困っていることは当然ながら、見た目だけで判断することはできません。そこで必要なのが、障害者の話を聞く体制や環境の整備です。
支援の担当者を決めることはもちろんですが、それだけでは自発的に相談できない人もいるため、毎日の仕事が終わった後や、週の終わりなどに担当者からの積極的なアプローチや、普段関わる同僚がなんでも話しやすい雰囲気を造ることも重要です。
障害者の方に合わせた業務ルールを設ける
障害者の方にわかりやすいルールやそれを伝える手段は、実は障害のない社員にもわかりやすいというメリットがあります。複雑なシフトや、文章が多いマニュアルなどを一度見直してみる必要があります。
atGPは障害者雇用のサポートをしています
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まとめ
日本のノーマライゼーションはまだまだ認知度も低く、障害者が地域社会で障害を持たない人と同じように生活することは当たり前にはなっていません。
その点、欧米には必要最低限の施設しかありません。多くの欧米国家では高齢者施設も児童養護施設なども日本のように大型の施設はほとんどないのです。
日本ではこのように福祉サービスの対象者が集団でサービスを受けることが常態化してなかなか改善されません。
事業所においてできるノーマライゼーションというのも、バリアフリーやユニバーサルデザインというところから入るのが見た目にもわかりやすく、達成感がありますが、実際にノーマライゼーションの浸透に必要なのは法制度で障害者などの社会的弱者を特別に守らなくても、社会全体がすべての人を普通に受け入れられる人権観の醸成が重要です。
本当の意味での障害者理解ができる事業所が増えていくことがノーマライゼーションの推進につながるのではないでしょうか。